殷周と古朝鮮から高句麗 三千年

 殷と周との戦いというのは、古代アジアの歴史の最重要事項である。
殷は東族、周は西族という見立てから出発すると分かりやすい。そして東族は日本や檀君朝に遡り、殷朝は東族由来だったと考えられている。

 殷以前は夏王朝があったとの伝説があるが、そこについてはまだ私もわからない。ただ洪水により中原も混乱し、太古日本の統治説からすれば、統治ができなくなったということであろう。

 殷の最後の紂王が酒池肉林で人心を失い、周と戦争になって負けた。その時点で殷の祭祀が途絶えたといわれている。ところが、息子の一人が祭器をもって逃げ、祭祀そのものは箕子に引きつがれていたようにも見受けられる。

 正式の祭式は祭器とともに、しかるべき後継者、血統の者が行わなければなさないと思われる。

 例えば日本で言えば天皇の血筋を引いたものが三種の神器を継承し、大嘗祭のような継承の儀式を行わなければならない。

 しかし殷は紂王が最後の統治者として、それを後継に譲れなかった。殷の継承者としての儀式が行われないため、殷国としての祭祀は途切れたといわれている。

 殷が日本と関係があったと思うのは何を根拠にといわれるだろうが、まず殷周の戦争が始まった時に東方からの援軍が来ていることが契丹古伝に出ている。確かにそれが日本からの援軍かどうかは微妙な点がある。また契丹古伝というのは戦時中に発見されたもので日本人が訳したが、偽書だと言われている。

 だが今の時代政治的理由でころころ変わる正史自体が危うい。偽史の中に真実が埋もれていても不思議ではない。契丹古伝は正史以外の各民族史をあつめたような形になっている。

 後世箕子と呼ばれる紂王の叔父が朝鮮を建国したとき檀君がその地方の支配権を譲ったという話がある。檀君については諸説ある。伝承ではファンインという神がいて、熊女(おそらく未開の熊族)と交わって生まれたのが檀君ということになっている。しかし九鬼文書などこれも偽書ではあるが檀君スサノオノミコトのおくり名であるとみることもできる。

 つまりスサノオノミコトの系統が続いていて、殷との系統がおなじなのでその地位を譲ったとも考えられる。
 
 契丹古伝によれば箕子には子がなく、遠征してきた人物から養子を得ている。遠征してきた人物が日本人なら朝鮮と日本はこの時点では兄弟関係にある。浜名というこの古伝書から遠征者は日本の皇子の一人であったと考えている。
 しかし何代かあとに衛瞞という将軍が燕国から亡命、古朝鮮の王は衛瞞を信じて国の重要な場所を守らせたが、なんと裏切り、朝鮮を乗っ取ってしまった。
 こうなると朝鮮はすでにはじめの朝鮮ではない。このとき箕子朝鮮の後継者は、なんとか逃れて別のところにうつったともいわれている。

 時代が変わって朝鮮では朱蒙が、古朝鮮の流民を集めて国を建てた。朱蒙の父は謎の人物で水辺の女性を犯してどこかに去ってしまったといわれているが、奇妙なことに三本足の烏を信仰の対象とし、三種の神器を手にしたといわれている。

 三本足の烏とは日本ではヤカダラスという、神話上の存在てある。三種の神器については諸説あるが、日本の三種の神器の象徴的模型が伝わったのではないかとも考えられる。

 一般にこれは半島の伝承が日本の神話に流れこんだといわれているが、逆の可能性もある。つまり朱蒙の父は日本人。しかも八咫烏と言われた皇族の一人ではないだろうか。

 高句麗の三足鳥も太陽の化身といいわれている。朝鮮の伝承ではなんのことだがわからない。日本の神話と照合すると、朝鮮人にとっては心外だろうが、太陽の化身の意味は、太陽は皇国、アマテラスオオミカミの象徴であり、皇国の命を受けていることを示している。三足烏は日本では神武天皇を先導したことがある人物のシンボルといわれている。

 日本の伝承ではこのヤタガラスはある神話上の人物で神武天皇を導いたとされ、スサノオノミコトの仕えたものの子孫だともみられている。

 先に檀君スサノオノミコトのおくり名だという仮説を書いた。朝鮮の神話ではファンインという神が地元の熊女と交わってできたのが檀君ということになっているが、おくり名であるということであれば、何代にも渡ってこの名前が踏襲されて来たのだろう。

 スサノオノミコトがよく弓を使ったという伝説も残っており、これが朱蒙の弓伝説にも繋がる。

 高句麗の系統は日本の神話と関係が深く、ヤタガラスの系統の人物が朱蒙の父親だったとすれば、話は分かりやすい。

 先日安市城での戦闘の映画を見たが、唐の大軍を破った城主は王を殺害した将軍に反逆し、高句麗を守ろうとした。

 王を殺害するという行為は下克上で、中国朝鮮では易姓革命として肯定されているが、我が国では許されない。

 太古においてはこの行為は非道とされていた。殷周革命の時代でもその記述があるが、そのような国となった高句麗はやがて滅びることとなる。